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かぐや姫の物語

 とても良かった。終盤はちと急ぎすぎたような展開ながらも、まぁ原作通りだし。
約1000年前からネタバレがされてる作品ながら、ここまで感動できるのは、この話に新たな解釈を加え創作して、再び満ちた物に作り変えた高畑勲殿、スタジオジブリ、流石の手腕ということでしょう。

 とても切なく、悲しいが綺麗な余韻を残す映画。と、思いきや。

 
 日本(というか地球)を穢れの地としながらも、そこで生きる喜び、良い事も悪いことも全て糧に成長していくかぐや姫とは人間そのもの。穢れを嫌い月へ帰る、ということは人間をやめることを意味する。死ぬってことですかね。

かぐや姫を迎えに来る月の使者は、当たり前だけど明らかに人間ではない。いうなれば煩悩無き極楽の住人であり、またかぐや姫も元々月の住人であった。

 彼女は穢れの地(地球)に憧れた罰として竹の中に生を宿してしまう。という設定で、
罰、というのは、地上で生きる人間の四苦八苦を味わうことでもあり。しかし、そこで生きる意味と喜びを見出すのも人間ならではだ。
姫は穢れの中にあってやっとのこと生きる意味を見出した矢先、否応無く月の世界に戻されてしまう。
これはとても残酷な罰ゲーム。

 かぐや姫が月に帰るために身に着けなければならない「衣」は地上での記憶を一切合財消し去ってしまう。ありとあらゆる「穢れ」を払う効果があると思われる。
そして、かぐや姫の穢れとは、家族と一緒にいたい、帰りたくない、人間でいたい、という感情をも含んでいる。

 辛苦無き世界というのは、ある意味で最も望ましいことかもしれないが、
嫌な思い出も良い思い出も、またこれから自分を待ち受ける幸せや苦しみを想うというのは、人間が自分の存在を実感するために欠かせないモノ(恐らく魂とか心とか呼ばれるもの)であるために、それを奪われることを拒むのは人間ならば当然のことだと思う。死にたくない。と、思う本能に近いかもしれない。


 まぁ、どうにもならないんですけどね。

そして、あのエンディング。かぐや姫が振り返ってしまった意味を考えると。

これとんでもなく酷い話じゃねぇか!!!

地球に残ったかぐや姫の父母はまぁ、泣いて泣いて悲しんで苦しんでも良い。人間だから。
でも、かぐや姫は人間をやめたことで永久に存在し続ける訳ですから、地球から人間の「ナニカ」を抱いて帰っては駄目なんですよ。

衣を身に着けたことによって記憶を失くし、その「ナニカ」を具体的に自覚することは無いでしょうが、漠然と「会いたい人、戻りたい場所がある」ことを永遠に思い続けることになる。絶対に会えないし、帰れない。ただただ、あの歌を歌うことでしょう。

これも穢れを欲した罰なんですかね。
それとも、両親の真心や、何というか、愛するという感情は穢れではないから?


駄目だ寝よう。
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  1. 2015/03/14(土) 02:52:23|
  2. 映画見た
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